撰時抄に云う「前代未聞の大闘諍」について。


『撰時抄』

「文の心は第五の五百歳の時悪鬼の身に入る大僧等国中に充満せん其時に智人一人出現せん彼の悪鬼の入る大僧等時の王臣万民等を語て悪口罵詈杖木瓦礫流罪死罪に行はん時釈迦多宝十方の諸仏地涌の大菩薩らに仰せつけ大菩薩は梵帝日月四天等に申しくだされ其の時天変地夭盛なるべし、国主等其のいさめを用いずば鄰国にをほせつけて彼彼の国国の悪王悪比丘等をせめらるるならば前代未聞の大闘諍一閻浮提に起るべし其の時日月所照の四天下の一切衆生、或は国ををしみ或は身ををしむゆへに一切の仏菩薩にいのりをかくともしるしなくば彼のにくみつる一の小僧を信じて無量の大僧等八万の大王等、一切の万民皆頭を地につけ掌を合せて一同に南無妙法蓮華経ととなうべし、例せば神力品の十神力の時十方世界の一切衆生一人もなく娑婆世界に向つて大音声をはなちて南無釈迦牟尼仏南無釈迦牟尼仏南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経と一同にさけびしがごとし」
(昭定1008頁)

との文節があります。

この文節をめぐって

「日蓮聖人御在世中に起こることを述べた文節である」

「御在世中だけでなく、日蓮聖人滅後の未来に起こる事も述べている文節である」

と言う二通りの解釈があります。

の解釈は、

「彼彼の国国の」(国が複数なので日本一国の内ではない)

に注目して、将来の世界的規模の出来事を述べていると解釈するようです。

の解釈を採っている先師に『録内啓蒙』の安国院日講上人(1626-98)がいます。

「彼彼の国国等」の下に
謗法の国、多数あるべき道理に約して、彼彼の国国の悪王等遊ばすなり。なれども今の所詮は言惣意別にして、正しく日本を指し玉う義なるべし」 (巻十の三十紙右)

と注釈しています。

(言惣意別とは、言葉は世界的総体的なことを表しているが、その真意は個別的の意味で、一閻浮提や四天下や無量の大僧、八万の大王等は、日本一国のことを指している、との意。田中応舟氏注記)


日本仏書刊行会の「日蓮聖人御遺文講義」や、ピタカ刊の「日蓮聖人遺文全集講義」も1の解釈に立っています。

2の解釈を採っているのかと思われる先師として綱要導師(日導上人)がいます。

日導上人は
撰時抄の件の文節と「妙密上人御消息」

「日本国の中に但一人南無妙法蓮華経と唱えたり、これは須弥山の始の一塵大海の始の一露なり、二人三人十人百人一国二国六十六箇国已に島二にも及びぬらん、今は謗ぜし人人も唱へ給うらん、又上一人より下万民に至るまで法華経の神力品の如く一同に南無妙法蓮華経と唱へ給ふ事もやあらんずらん、」(昭定1168)

を引き、

「此等は当時を指したまうに似たりと雖も、意は戒壇建立の時を記したまう。もし一同の戒壇建立の時無くば、本化弘通の三大秘法は遂に成就せず。豈に其の義有らん。能く能く之れを信じて疑うべからず」(祖書綱要巻の二十三・51紙左)

と述べています。

しかし、日導上人の引用「妙密上人御消息」は、続いて

「木はしづかならんと思へども風やまず春を留んと思へども夏となる、日本国の人人は法華経は尊とけれども日蓮房が悪ければ南無妙法蓮華経とは唱えまじとことはり給ふとも今一度も二度も大蒙古国より押し寄せて壹岐対馬の様に男をば打ち死し女をば押し取り京鎌倉に打ち入りて国主並びに大臣百官等を搦め取り牛馬の前にけたてつよく責めん時は争か南無妙法蓮華経と唱へざるべき、」

とあるので、日蓮聖人御在世ないし近い時期に、一国の同帰に近い状態になるであろうことを述べている文と思われます。



「聖人の出ずるしるしには一閻浮提第一の合戦をこるべしと説かれて候にすでに合戦も起りて候」
(弘安二年9月・四条金吾殿御返事・昭定 1667・曽存)

等に依ると、蒙古との闘諍合戦を一閻浮提第一の闘諍合戦と見ておられたようなので、撰時抄の「前代未聞の大闘諍」は蒙古の侵攻を指しているとも言い得るので、必ずしも遠い将来の起こる世界的大戦争を指すのみとは限られないと思われます。


弘安元年3月の「諸人御返事」に

「三月十九日の和風並びに飛鳥同じく二十一日戌の時到来す、日蓮一生の間の祈請並びに所願忽ちに成就せしむるか、将又五五百歳の仏記宛かも符契の如し、所詮真言禅宗等の謗法の諸人等を召し合せ是非を決せしめば日本国一同に日蓮が弟子檀那と為り、我が弟子等の出家は主上上皇の師と為らん在家は左右の臣下に列ならん、将又一閻浮提皆此の法門を仰がん、」 (昭定・1479・真蹟)

と有ります。

また「三三蔵祈雨事」にも

「むこり国だにもつよくせめ候わば今生にもひろまる事も候いなん、あまりにはげしくあたりし人人はくゆるへんもやあらんずらん。」
(昭定1069・真蹟)
と有ります。

蒙古の来襲侵掠を機に、幕府が日蓮聖人の言を入れ、諸宗と公場法論をさせるので、一国同帰に近い状態になり、さらに将来において一閻浮提(世界各国)にも妙法が広まって行くであろうと考えられていたと云えましょう。

日本は上行菩薩垂迹の国であり、法華有縁、妙法広布の基となる国と受け止められていた日蓮聖人は、蒙古に完全に占領されてしまうとは考えてなかった事でしょうが、

「生たらん眼に見よ、国主等は他国へ責めわたされ調伏の人人は或は狂死或は他国或は山林にかくるべし、教主釈尊の御使を二度までこうぢをわたし弟子等をろうに入れ或は殺し或は害し或は所国をおひし故に其の科必ず其の国国万民の身に一一にかかるべし、」
(建治三年・兵衛志殿御書・昭定1388真蹟)


「あわれ他国よりせめ来りてたかのきじをとるやうにねこのねずみをかむやうにせめられん時、あまや女房どものあわて候はんずらむ、日蓮が一るいを二十八年が間せめ候いしむくいに或はいころし切りころし或はいけどり或は他方へわたされ宗盛がなわつきてさらされしやうにすせんまん(数千万)の人人のなわつきてせめられんふびんさよ、」
(弘安三年・智妙房御返事・昭定1827真蹟)

「大集経に云く仁王経に云く涅槃経に云く法華経に云く設い万祈を作すとも日蓮を用いずんば必ず此の国今の壱岐対馬の如くならん、我が弟子仰いで之を見よ」
(聖人知三世事・昭定843・真蹟)

等とあるので、幕府が驚き日蓮聖人の言を真剣に考えざるを得ない位まで、蒙古軍に相当ひどく侵攻されると予想していたように思えます。


「立正安国論」に、挙げられた四経の文に拠れば、妙法謗法の者が大多数で、かつ妙法弘宣者を迫害する国は日蓮聖人当時のように四天王等の戒めで内乱や他国からの侵攻を受ける可能性は有ると思われます。

内乱や他国との小規模(世界的大戦争と較べれば)な争いは有るにしても、世界全体が妙法に帰依する前提として、必然的に「前代未聞の大闘諍(世界的大戦)」が必ず起こった場合には、化学兵器、生物兵器等の破壊殺傷力が現在よりも更に高いであろうから、人的被害は計り知れないだろうし、国土社会も再生不能までの破滅的結果をもたらすだろうと推測されます。


随分と以前の事ですが、当時私の所の教会に参詣していたI 氏に私が
「世界同帰のために世界戦争が起きると云うが、将来、世界大戦争が起こったら、核兵器ミサイル攻撃をうけるので、国がめちゃくちゃになってしまうし、国民の大多数が死んでしまうので、広宣流布も有ったもんじゃない」と云ったら

「梵天帝釈の守護で、ミサイルが途中で故障してしまう」などと云っていました。

私はそこまで信じられません。


長文の引用となりますが、本聖堂刊・田中応舟著「日蓮聖人遺文講座・撰時抄」には次のように論られています。

 近代の名匠山川智応博士は・・・「(撰時抄の)彼々の国々・・・」以下は
「この戒壇国日本が、全世界の正法化の根本原動力となって、世界の謗法国を責める。そこで、その国(日本)が大迫害大国難に遭遇するが、結局、仏天に神冥のはからいによって、その謗法国は他の隣国から攻められ、ここに人類史上最後の、前代未聞の大闘争が起きて・・・云々と本文の結末のごとく、未来末法の何時かにおいて、全世界(一閻浮提)が妙法の真理に帰入し、永遠の平和原理に信順することになって、神力品予証のごとく全世界が仏国土化される。」

「今後世界には、過般の第二次大戦より更に深刻激烈な大闘争、第三次大戦(ことにこれは世界永遠の平和をきずくべき人類最終の世界宗教戦争)ともいうべきものが起きて、一切の仏天神々に祈りをかくるとも験なく、世界はただ大危機の絶望に陥ってしまう。そこまで行ってはじめて南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、と法華経寿量品の神髄の示す常寂光(永遠の平和)の世界が実現する」

というにあると解される。・・・

撰時抄本文を熟読すればするほど・・・日本のみならず世界の将来に対する偉大なる聖者の予言としてうけとれる。

しかし山川先生の解釈のごとく、さらにまだこの先に宗教戦争ともいわるべき世界第三次大戦があり得るのであろうか?・・・これには大きな疑いなきを得ない。・・・いかなる理由にもせよ、世界戦争のごときものが勃発するとせんか・・・その時こそは本当に前代未聞も未聞、単なる闘争とか戦争のごときものではなく、全世界、全人類の文化一切はことごく壊滅してしまうのである。数十発の水爆がその猛威を発揮するならば、分秒の時間をもって全人類はほとんど死滅しるといわれている。・・・一時の感情などによって、自国の破滅をも承知でこの未曾有の大血戦に突入するであろうか。

大体、この恐るべき水爆戦争において「国を惜しみ、或は身を惜しむゆえに、一切の仏菩薩にいのりをかくとも・・・」云々というような暇があるであろうか?そんな余裕は到底考えられない。いかに我利我執、民族的国家的利己我欲主義に目がくらんでも、元も子も失うような、そんな馬鹿げた地獄道へ驀進するであろうか。・・・

第三次絶望戦の熱戦が展開する一歩手前で協調協和の道に出ることができると考えたい。
その大冷戦の恐怖の窮極において、・・・もしそれまでに日本一国が・・・日蓮聖人の教導を継承し、その教導の妙理が、一国の大勢をを支配する、戒壇国日本、と、なっておるならば、・・・行き詰まれる世界各国の実権者、政治家、思想家、宗教家等々が合掌することになるであろう。かくて全世界が妙法正義化し、永遠の平和の曙光が次第に輝きわたるに違いない」
(71~77頁抄出) 
(以上引用終わり)


撰時抄の件の文節が、妙法広布の展開順序の将来を予言しているものとしても、田中応舟氏のように考えるのが妥当であろうと思われます。


将来、妙法広布の為めの世界大戦が起きるか起きないかは、やがて歴史が証明してくれるでしょう。


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